袴田事件裁判
■検察側DNA鑑定に疑問■
1966年、身に覚えのない罪で逮捕され死刑囚となった袴田さん(82歳)。2014年3月、静岡地裁にて再審開始決定が出され、47年7ヵ月ぶりに釈放されました。ところが検察庁は東京高裁に即時抗告。本年6月11日に東京高裁が再審取り消しという不当な決定を下したのです。
1966年に静岡県で一家4人が殺された強盗殺人事件で死刑が確定し、静岡地裁の再審開始決定で2014年に釈放された袴田巌さんは、弁護団側が提出していた「5点の衣類」に付着していた血痕のDNA鑑定の結果、袴田さんや被害者以外のものであると判断され、再審開始の根拠となりました。
●信用できないと否定反対の判断を示した●
しかし、検察側がDNA鑑定に疑問を呈し東京高裁へ即時抗告、4年を経て東京高裁はこれを否定し、筑波大学本田教授の鑑定について「鑑定手法は科学的原理や有用性に深刻な疑問がある。信用できない」と反対の判断を示したのです。
東京高裁は、袴田さんが殺人犯だとするその一方で、「年齢や生活状況、健康状態などに照らすと、逃走の恐れや刑執行が困難になる危険性は乏しい」として、袴田さんの釈放だけは認めています。
袴田さんは、1966年の逮捕から52年もの間、無実の罪を負わされ苦しめられ続けています。釈放された現在も、無罪を求めて闘い続けています。
●東京高裁の決定には支援者からの憤りが●
東京高裁の決定に支援者からは、「なぜ」「おかしい」と憤りが広がっています。
えん罪事件は、足利事件、布川事件が無罪となり、現在残っているのは狭山事件に続いて袴田さんの事件です。地裁での再審決定を確かなものにするためには、最高裁が東京高裁決定を取り消すことが必要です。
≪ 袴田事件とは ≫
1966年(昭和41年)6月30日に静岡県清水市(現静岡市清水区)で発生した強盗殺人放火事件。みそ製造会社の専務の男性(当時42歳)方から出火。焼け跡から、専務と妻(同39歳)、次女(同17歳)、長男(同14歳)が他殺体で見つかった。元プロボクサーで同社従業員の袴田巌さんが逮捕、起訴され、公判で無罪を主張したものの1980年に最高裁で死刑が確定。袴田巌元被告が判決のえん罪を訴え続け、2014年3月27日に静岡地裁から再審開始の決定と釈放を命じる判決を勝ち取る。再審開始を不服とした検察側が即時抗告した。
【 くさり7月号より 】